FC2ブログ
05 | 2019/06 | 07
-
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
プロフィール

ブラックバードミュージック

Author:ブラックバードミュージック
ブラックバードミュージックは、等身大のアイルランド音楽の魅力を本国直送で日本へ紹介することを目的としたプロジェクトです。
名古屋のフィドル奏者小松 大と、在アイルランドの望月えりかが共同で運営しています。

最新記事

カテゴリ

音楽ブログ

訪問者数

フェイスブックのページ

検索フォーム

リンク

RSSリンクの表示

女性とアイルランド音楽 マイノリティーな存在

2019.05.10 22:58|アイルランド音楽のかたち
アイルランド音楽における女性ミュージシャンと聞いて、皆さんは誰を思い浮かべますか?
アイルランド音楽シーンには、数多くの女性ミュージシャンたちがプロ、アマチュアを問わず、また楽器を問わず、あふれています。
世界中をツアーするアイルランドの女性ミュージシャンたちは今や何ら驚くべき存在ではありません。しかし、彼女たちがこの地位を得るまでの道のりは、決して平坦なものではなかったのです。アイルランド音楽における女性ミュージシャンたちを取り巻く環境は、ここ数十年で大きな変化を遂げました。

特に、今50-60代の女性ミュージシャンたちにとっては、数々のドラマが待ち受けていました。彼女たちこそが開拓者であったと言っても過言ではありません。
彼女たちの話を聞いていると、皆が口をそろえて「私が音楽を始めた当初、ミュージシャンのほとんどは男性だった」と言います。
「ミュージシャンとしてキャリアを築く女性など、数えるほどしかいなかった」

そんな時代から今に至るまで、アイルランド音楽シーンはどのように変化してきたのでしょう。また、それ以前のアイルランド音楽界に存在した女性たちは、どのように位置づけられていたのでしょうか。

庶民のための大衆音楽であるアイルランド音楽は、近代に入る以前までその文化的価値がほとんど認められていませんでした。それ故に残された文献や記録は希少で、とりわけアイルランド音楽における女性という絞られたテーマでは、参考文献が非常に乏しいのが現実です。

私が今までアイルランドの人々から見聞きしたエピソードやストーリーから、その輪郭は漠然とつかみかけていたものの、もっと具体的で確証のある素材はないものか。
そんなことを考えていた数年前のこと、アイルランドのテレビチャンネルTG4でアイルランド音楽をテーマとした、ある連続シリーズが放送されました。「Mná an Cheoil(Women of Music)」と題されたとても優れた番組です。
6つの楽器ごとに構成された番組で、私はこれを何度も観直しながらメモを取っていきました。また、ここに登場する人物をさらに掘り下げて調べ、わずかですが彼女たちに関する文献を読み解くことができました。するとアイルランド音楽における女性たちの姿が、以前よりも鮮明に浮かび上がってきました。
女性ミュージシャンたちの記録は、1800年代から1900年の初頭までさかのぼることができるようです。

Miss Mollie Morrissey
[コーク州のパイパー、モリー・モリッシー(Mollie Morrissey)1905年]

音楽を演奏する人々の多くは男性でしたが、実際には女性のミュージシャンもマイノリティーとして、各地域に少なからず存在していました。しかし、男性ミュージシャンたちと違い、彼女たちの音楽とのかかわりは個人宅や自分たちの地域内に限られ、公式な集会やコンペティションなど人の目にさらされる場所に出ていくことはほとんどありませんでした。

これは、ひとえに当時のアイルランド社会におけるモラルを象徴しています。すなわち、「女性は公の場で音楽などを演奏すべきでない」という女性のあるべき姿、立ち位置が、彼女たちが表舞台に立つことをはばんでいたのです。どうりで女性ミュージシャンたちの記録が少ないわけです。

Mrs Bridget Kenny
[コンペティションで多くのタイトルを獲得したブリジット・ケニー夫人(Mrs Bridget Kenny)]

実際には、結婚をして家庭に入れば子育てと家事に追われるのが女性の常であり役割であり、物理的に音楽を演奏し続けることができなかった現実もあります。

この主な二つの理由により、彼女たちがどんなに優れたミュージシャンであろうとも、その存在が広く知れ渡ることはありませんでした。積極的に公共の場に出ようとした女性たちでさえ、結果的には常に男性の背後に立たされ、スポットライトを浴びることはほとんどなかったのです。

アイルランドで女性の参政権が認められたのは1918年のこと。彼女たちの声が通るようになるまでには、長い時間を要したことでしょう。
しかしながら、総体的な数は少なくとも、また男性中心社会という大きな壁にぶつかりながらも、彼女たちはひっそりと、しかし確実にその歩みをスタートさせていたのです。

Macalla.jpg
[女性グループ、マカラ(Macalla)]

今、こうした19世紀、20世紀に生きた女性ミュージシャンたちの記録をよみがえらせようと、多くの女性研究者やミュージシャン自らがリサーチに取り組んでいます。

望月えりか
望月えりか 初の著書「見飽きるほどの虹 アイルランド 小さな村の暮らし」オンラインほか、全国の書店で販売中
Erica Moc O'C@Twitter
ブラックバードミュージック(フェイスブック)
「いいね!」をクリックして、ブラックバードミュージックが発信するアイルランド音楽情報やおすすめ動画をチェックしよう!

テーマ:アイルランド音楽
ジャンル:音楽

女性とアイルランド音楽 序章

2019.04.05 16:58|アイルランド音楽のかたち
アイルランド音楽の歴史をさかのぼってみてみると、登場するミュージシャンたちのほとんどが男性であることに気がつきます。
アイルランド社会もまた、近代に入るまでは圧倒的な男性社会でした。人前に立つのは男性で、女性の仕事はもっぱら家事と子育てという家庭が大半だったのです。この社会的な男女の役割はアイルランド音楽の世界においても基本的には変わらず、世代が上になればなるほど、音楽を演奏する女性の数は少なかったようです。

アイリッシュパブの「パブ(Pub)」は本来「パブリックハウス」の意で、それこそ公共の場、誰でも行くことのできる社交の場と理解されがちですが、1960年~70年代ごろまでは女性が立ち入ることはご法度とされていました。法律で禁じられていたわけではないのに、(男性)社会が許さなかったこの風習により、多くのパブがSnug(スナッグ)と呼ばれる特設ルームをバーの片隅に作り、この小さな個室に女性客を通して酒をサービスした歴史があるほどです。

snug.jpg
[パブに今でも残るSnug]

今でこそ世界中のアイルランド音楽ファンに愛される女性ミュージシャンが何人もいますが、1960年代や70年代、はたまたそれ以前の時代はどうでしょう。
女性のミュージシャンは地域にいても、公の場に出てくる女性となるとさらに限られたというのが当時の傾向だったようです。

アイルランド音楽の世界において、彼女たちはどのような存在だったのでしょう。時代の流れとともに、彼女たちの姿はどのように変わっていったのでしょう。また、そもそもどんな女性たちがいたのでしょうか。

julia_and_bridgie.jpg
[ケリー州のマーフィー姉妹ことBridgie KelleherとJulia Clifford]

この記事を序章とし、「女性とアイルランド音楽」というテーマで今後いくつか記事を更新していけたらと思います。

望月えりか
Erica Moc O'C@Twitter
ブラックバードミュージック(フェイスブック)
「いいね!」をクリックして、ブラックバードミュージックが発信するアイルランド音楽情報やおすすめ動画をチェックしよう!

テーマ:アイルランド音楽
ジャンル:音楽

セッションに伴奏者は2人も要らない?

2018.09.14 14:10|伴奏楽器
ブラックバードミュージックのブログ読者の皆さん、こんにちは。
大変長らくアイルランド音楽の記事を書けずにおりましたが、身辺がだいぶ落ち着いてまいりましたので下書きにずっと入ったままでいた記事を再編集しまして久々の更新とさせていただきます!楽しんで読んでいただけましたら幸いです。

さて、これは音楽仲間とのとある会話です。

「今夜のセッション、マーティンも来るかな」
「うーん、どうだろう。今夜のホストの一人はギターのショーンだから、マーティンは来ないか、もしくは来てもブズーキは弾かないと思うよ」
「?」
「だってほら、二人とも伴奏者だから。一つのセッションに二人要らないでしょう」

ブズーキ奏者のマーティンは、セッションをホストできるぐらいの腕の持ち主です。しかし、彼は今夜のセッションのホストミュージシャンではありません。ホストミュージシャンの一人はギター奏者であるショーンとアコーディオンのコナー、そしてフルートのデニス。
マーティンは彼らとも親しく付き合う仲間ですが、今夜はギターのショーンに配慮してセッションには参加しないということのようです。

フィドルやフルート、コンサーティーナなどメロディー楽器を弾く人にとって、そのセッションに同じ楽器の人がいるかいないか、何人ぐらいいるか、などということは事前に考える必要がないかもしれません。しかしながら、伴奏楽器の彼らにとってはこれがしばしばデリケートな問題であり、思慮のある判断が求められたりします。

確かに2人、3人のギターやブズーキといった伴奏者が同じセッションでそれぞれ思い思いに伴奏をしたら、いい音楽になるはずがありません。

でも、この前ちらっと見たエニスのとあるセッションでは、ホストミュージシャンの一人がギター奏者、でも同じくギターのミックさんもセッションに参加していたような・・・。

「ああ、ミックは別にそれでいいんじゃないの?セッションの伴奏というよりは誰も聞こえないぐらい静かに片隅で弾いていただけだし、結果的にホストのギター奏者の邪魔もしてなかったし」

そういうものなんですね。

また、ミュージシャンが20人、30人となるような大所帯のセッションが音楽フェスティバルなどにおいてときどき見られますが、こんな時も複数の伴奏者がいるということはさして問題にならないようです。
「だってそれだけ大人数になっっちゃったら音楽のクオリティーも何もないから、ミュージシャンたちも自然とどうでもよくなる(笑)」

ほかにも異なるケースによってこの辺りの考え方、受け止め方は変わってくるようですが、それにしても伴奏者の皆さんは大変そうです。
メロディー楽器と伴奏楽器。
アイルランド音楽における存在のあり方や位置づけはだいぶ違うようです。

望月えりか Erika Moc O'C@Twitter
ブラックバードミュージック(フェイスブック)
「いいね!」をクリックして、ブラックバードミュージックが発信するアイルランド音楽情報やおすすめ動画をチェックしよう!

テーマ:アイルランド音楽
ジャンル:音楽

マナーやエチケットより大切なこと

2018.05.31 00:52|セッションとは何か
セッションにおけるマナーとかエチケットについてよく質問をされます。多くの皆さんにとって関心の高いトピックなのかもしれません。
過去の記事でご紹介した「セッションで指名された時にどう応えるか」というテーマも、セッションにおけるマナーのひとつなのかもしれません。
更にはどこに座るのか、ホストに何か言うべきか、飲み物は・・と、セッションには私たちを混乱させるさまざまな要素が含まれており、本が一冊書けてしまいそうです。
私自身もセッションのエキスパートではありませんからまだ知らないこと、気がついていないことが多々あることと思います。時にはエラーも犯しているに違いありません。どんな振る舞いを良しとするかはセッションの状況によってだいぶ変わってくるようです。

アメリカ人などがセッションの場に楽器を持って現れ、「私はフィドルを弾くんですが、あなたたちのセッションに参加してもいいですか?」と笑顔でホストのミュージシャンたちに訊いてくることがあります。
「私はセッションのエチケットを知っている」と言わんばかりの紋切型のアプローチに一瞬言葉を失うアイルランド人たち。しかしそんな素振りは微塵も出さず、笑顔で「もちろんですよ、どうぞどうぞ」と答えます。
「まったく、どこで何を読んだのか聞いたのか・・」と心の中で呆れるホストのミュージシャンたちにとって、このとってつけたようなアプローチは良いマナーとは映らなかったようです。

パブセッション(3)

アイルランド音楽におけるセッションに限らず、マナーやエチケットといったもの全般を言葉通りに受け取ること、マニュアルとして学ぶことに関して懐疑的です。
あまりに固執すると結果的にセッションにおけるルール、規則といった言葉にまで発展する可能性もあり、本来のアイルランドにおける等身大の「セッションという場」からどんどんかけ離れたものになっていく気がしてなりません。
「エチケットを知っている人=ミュージシャンたちから歓迎される」という単純構造ではないからです。

語学スキルがない場合や、あってもアイルランド人特有の会話の輪に入っていくことは困難です。
だからと言ってその場にふさわしい振る舞いができないということでもありません。とてもいいセッションで楽しかったと感じれば、言葉の障害にかかわらずホストのミュージシャンたちにそれを伝える手段もあります。

セッションが終わったあと、無言でパブを立ち去るよりもホストのミュージシャンたちに直接「サンキュー」を言って、握手をしてもいいですね。

やや上級のスキルですが、ホストのミュージシャンたちに飲み物を買うという手もあります。
アイルランドでは音楽を提供するミュージシャンたちに感謝の気持ちを込めてお客が飲み物をおごる、という行為が定着していますので、バーで頼めばスタッフもすぐに察してくれます。

マナーやエチケットを頭で覚えるよりも、社会人としての気持ちよい振る舞いがあれば、どんな場面でも自然に受け入れてもらえることと思います。その場に居合わせた他人との距離の取り方、自分の置かれた立場、回りで今何が起こっているかを読み解くスキルは、私たちの社会性を問うています。隣に座ったミュージシャンたちとあいさつを交わすうちに、友好関係も開けていくことでしょう。

自分だけが弾ける曲をこれ見よがしに延々と演奏したり、頼まれていないのに突然曲を始める。大音量で楽器をかき鳴らしたり、知らない曲なのにギターでいろいろなコードを試し弾きする。リスペクトとアプリシエーション(相手を敬う気持ちと感謝の気持ち)があれば、どれも起こり得ないエラーです。

リスペクトとアプリシエーション。
この二つが土台となって、どうにかしてこれをお互いに伝えることができれば、みんなが気持ちのいいセッション=社交の場となるのではないでしょうか。

望月えりか Erika Moc O'C@Twitter
ブラックバードミュージック(フェイスブック)
「いいね!」をクリックして、ブラックバードミュージックが発信するアイルランド音楽情報やおすすめ動画をチェックしよう!

テーマ:アイルランド音楽
ジャンル:音楽

アイリッシュチューンを弾くだけがセッションじゃない

2018.04.18 10:53|セッションとは何か
アイルランドのセッションを観察していると、とりわけ旅行者人口が一気に増えるフェスティバル期間中などはよくこんな場面に出くわします。
セッションで指名された誰かが突然ポップ系の歌をうたい始めたり、ブルーグラスのスタイルの演奏を始める。
セッションの雰囲気ががらりと変わるので、一瞬辺りを見回して周囲の反応を窺ってしまうものです。えっ、みんなこれでいいの?だってこれ、アイルランド音楽のセッションじゃないの?

しばらくしてそんな現象にも慣れてくると、だんだん客観的に見られるようになってきました。
どうやら、アイルランドのセッションでアイルランドの伝統音楽でないものを演奏することを不思議に感じたのは外国人の私だけのようです。ほかの皆さん、アイルランド人のミュージシャンたちはこの現象をごく自然のことのように受け止め、楽しんでいるようです。

彼らには「ここはアイルランドなんだから、僕たちは伝統音楽をやるミュージシャンなんだから、トラディショナルなものを一貫してやらなければいけない」という力んだ使命感がありません。
それどころか、たまたまみんなで弾けるのがジグやリールだからそれを弾いているだけで、本人たちは何もこだわりがないんでは?と感じることさえあります。

それよりも、どんな音楽であれ「音楽を楽しむ」ということに、彼らは最も重きを置いているように思います。
だから誰かが一芸的にほかのジャンルの音楽を披露すると、やんややんやと盛り上がるのですね。

パブセッション(2)

もちろん、参加者の芸ばかりとなってしまえばセッションの嗜好が変わってきてしまいます。が、ホストのミュージシャンたちが伝統音楽家である限りこの展開は起こり得ず(ハイジャックされてしまえば別ですが・・!)、結果的には本来の軸に戻っていくようです。
どんな歌や音楽であっても受け入れ、そのクオリティーを楽しむ。
こうした側面を見ているとアイルランドのセッションは懐が深く包容力があり、これもアイルランドのセッションの魅力のひとつなのだなあと感じます。

友だちのいないセッションに混ぜてもらったりすると、ときどき「日本の曲を弾いてほしい」と逆にリクエストされることがあります。ギター奏者の方などは「ギターが弾けるんなら歌もうたえるだろう」とこちらの人は考えるので(過去の記事「ギター奏者は歌うもの?」を参照ください)「日本の歌をうたってくれ」となります。
セッションで指名された時、日本の曲や歌を出すと大変喜ばれます。ぜひお試しあれ。

望月えりか Erika Moc O'C@Twitter
ブラックバードミュージック(フェイスブック)
「いいね!」をクリックして、ブラックバードミュージックが発信するアイルランド音楽情報やおすすめ動画をチェックしよう!
ブラックバードミュージック(ウェブサイト)
ただいまウェブサイトをお休みしています。

テーマ:アイルランド音楽
ジャンル:音楽